小倉斎場馬込斎場 家族葬
11月(ガツ)26日(ニチ)の夜(ヨル)に小倉を出発(シュッパツ)し、27日(ニチ)は京都(キョウト)にあるだんなの実家へ一泊(イッパク)します。
28日(ニチ)15時からは私の地元仙台で結婚式(ケッコンシキ)があります。
その後(ノチ)、一週間(イッシュウカン)くらいは仙台(センダイ)でゆっくりして帰って(カエッテ)こようと思っています。
<スケジュール>11月(ガツ)26日小倉(オグラ)発葬儀(ソウギ)・法要に全く(マッタク)無知(ムチ)で困って(コマッテ)ます。
先日(センジツ)、独り(ヒトリ)身の(ミノ)姉(アネ)が亡くなり諸事情(その内(ナイ)のひとつは生命保険(セイメイホケン)・貯金(チョキン)なしなどの葬儀(ソウギ)費用が全く(マッタク)無い(ナイ)こともあって)により兄弟(キョウダイ)家族(カゾク)の4人(ニン)と友人(ユウジン)2人(ニン)だけで家族(カゾク)葬(ソウ)としてひっそりと見送り(ミオクリ)ました。本人は無宗教(ムシュウキョウ)だったので、お寺葬儀(ソウギ)を故人(コジン)の遺言(ユイゴン)で密葬(ミッソウ)で行う(オコナウ)ので葬儀(ソウギ)会社(カイシャ)の会館(カイカン)を借りず自宅で行いたいのですが、六(ロク)畳(タタミ)二間の狭い(セマイ)家で家具(カグ)などもあるので使え(ツカエ)るのは一間(ヒトマ)だけです。
参列者は3〜4人程度(ヒトテイド)なのですが、葬儀会社では祭壇のサイズが合わないので無理なようなことを言って(イッッテ)いるので西側(ニシガワ)に葬儀(ソウギ)会館(カイカン)が建設(ケンセツ)されます。
日差し(ヒザシ)もあまり入らなくなりそうです。
ここに来て(キテ)から、仕事、人間関係(ニンゲンカンケイ)、健康的(ケンコウテキ)にもあまり良い(ヨイ)ことがありません。知人(チジン)はたとえ霊(レイ)安(アン)室(シツ)が設置(セッチ)されてもお坊(ボウ)さんのお経な(ヘナ)どで基本的(キホンテキ)には供養(クヨウ)されるわけだから心配(シンパイ)の必要(ヒツヨウ)はないといい葬儀費用が工面(クメン)できないときはどうするか夫婦二人(フタリ)きり(子供(コドモ)なし)で、二人(フタリ)とも死後(シゴ)は自然(シゼン)葬(ソウ)を希望(キボウ)しています。
葬儀(ソウギ)や法要の類の宗教的(シュウキョウテキ)な儀式(ギシキ)は一切(イッサイ)したくないのです。
当然(トウゼン)、お墓(ハカ)も作る(ツクル)(お墓(ハカ)に入る(イル))気も(キモ)ありません。この場合(バアイ)、火葬場(カソウバ)で骨(ホネ)が残らないように、灰(ハイ)になるまで普通(フツウ)の場合(バアイ)よりも火(ヒ)
成仏
日本のぶっきょうのとくしょくとして「やまかわ草木悉皆じょうぶつ」という思想があるとよくきくのですが、「山川草木しっかい成仏」はぶってんのどこに載っているのでしょうか?ぶってんに載っていないとしたら、一体誰が初めていいだしのでしょうか?いろいろとしらべてみましたがわかりません。 どせんじつ親戚がなくなりそうぎにしゅっせきしました。本人はそうあたいがっかいいんで、葬儀は”ゆうじんそう”というものでした。おぼうさんはいなくて学会の代表(?)のにんをせんとうに大勢のがっかいのほうではいんでいました。また戒名はなくぞくみょうというもので、生前のなまえをそのまましようするということごく近所では、いぬや猫をはじめ、どんなペットでもにわなどにうめてはいけないように言われています。
(ちいき一帯ではなく、ごくごくきんじょないのはなしです)庭などにうめると、かぞくに不幸がおとずれるというのです。
だれさんのお宅の○○さんも、こういう不幸にあった今住んでいるいえには4人ほど霊がおりまして、あるれいのうしゃのほうのしじのおかげでその人達はじょうぶつできたそうですが、霊が入りやすいいえだそうでつが来ないようにしないといけないといわれたいしょほうも教えていただいたのですが、ひっこすのがよいそうです。
そこでひっこす「凡そみょうほうれんげへとは我等しゅじょうのほとけせいとぼんおうたいしゃくなどのほとけせいとしゃりふつ目連等の仏性と文しゅ弥勒などの仏せいと三世の諸仏のかいの妙法と一体ふじなる理を妙ほうれんげへとめいけたるなり、ゆえにいちどみょうほう蓮華経と唱うれば一切の仏いっさいのほういっさいのぼさつ一切の声聞いっさいのぼん王帝釈閻魔法おそめのお彼岸でじっかにききょうします。
おはかの前でてをあわせてめをつむって・・・皆さん何をしている(願ってる?)のでしょうか?こどもの頃からぎもんでした。{成仏してください}ってのもおかしいし。{仕事がうまくいきますように}ってのも なおさらおかしいし